私は北海道大学病院に戻り専門外来を引き継いだ2009年以降、約10年間不育症診療に携わってきました。当然ペルル女性クリニックでも不育症診療を継続し、多くの女性が元気な赤ちゃんを抱けるよう努力を続けていきたいと考えています。ここでは「不育症」について説明したいと思います。なお、札幌市医師会主催の家庭医学講座で不育症をテーマに講演致しました。その際の資料を下記にPDFで添付しております。長い資料となりますが、参考にして頂ければ幸いです。
不育症の定義
不育症とは流産、死産や新生児死亡を繰り返し、健児を得られない疾患群を指します。
〈習慣流産とは〉
妊娠22週未満の流産を3回以上繰り返す場合を指します。
〈反復流産とは〉
妊娠22週未満の流産を2回繰り返す場合を指します。
以下の理由から、流産を2回繰り返した(反復流産の)時点で、不育症の検査を受けることを検討することが望ましいとされています。
- 初回の妊娠で流産する確率 約15%
- 1回流産の後、次の妊娠で流産する確率 約15%(初回妊娠時と変わらず)
※初回の流産で不育症の検査を行なう意義は乏しい(ただし、妊娠10週以降の流産や高年齢妊娠の場合は例外)
- 2回流産の後、次の妊娠で流産する確率 17~31%に上昇
- 3回以上の流産の後、次の妊娠で流産する確率 25~48%に上昇
精査によって、反復流産では40%、習慣流産では50%に原因と考えうる異常がみつかります。治療することによって、反復流産では20%、習慣流産では25%ほど健児を得られる可能性が上昇するとも言われています。
不育症の原因
不育症の原因はさまざまで、大きく染色体異常とそれ以外の要因に分けられます。
〈流産と染色体異常〉
初期流産の50~70%が染色体異常に起因するといわれています。これを2回反復する確率は25~49%となり、不育症の女性の中でも一定の割合を占める計算となります。
流産を反復する女性の41%は受精卵の染色体異常の反復であったとする報告もあります。
妊娠年齢の高齢化により、染色体不分離に伴う受精卵の数的染色体異常を繰り返す女性が増加すると考えられます。
〈染色体異常以外の不育症の原因〉
子宮形態異常~中隔子宮など
中隔子宮など、子宮の形態に異常がある場合、妊娠を維持することが難しくなることがあります。
抗リン脂質抗体症候群
血栓ができやすい体質で、妊娠の維持が妨げられる原因となることがあります。
血液凝固異常
血液の流れが妨げられることで、胎児への栄養供給が不足し流産を引き起こすことがあります。
甲状腺機能異常
甲状腺ホルモンの異常が妊娠の継続を困難にする場合があります。
染色体均衡型相互転座
両親のいずれかが均衡型相互転座(染色体の一部が他の染色体に移動している状態)を持っていると、流産のリスクが高くなることがあります。などがあげられます。
不育症の検査・治療
不育症の検査結果の解釈および治療方針の決定には、不育症診療に精通した医師の判断が重要です。
〈主不育症の検査〉
血液検査
抗リン脂質抗体症候群、血液凝固異常、甲状腺機能異常など、不育症の原因となりうる疾患・検査異常を診断するために行ないます。ご夫婦の染色体検査を勧める場合もあります。
子宮形態異常の検査
超音波検査、必要に応じて子宮卵管造影、MRIなどの画像検査を行ないます。
〈不育症の治療〉
抗リン脂質抗体症候群
低用量アスピリン療法とヘパリン療法の併用が推奨されます。ヘパリン療法はヘパリンカルシウムの在宅自己注射となりますが、自己注射トレーニングも当院で実施いたします。
血液凝固異常
低用量アスピリン療法、必要に応じ低用量アスピリン療法とヘパリン療法の併用を行ないます。
甲状腺機能異常
甲状腺機能亢進症、明らかな慢性甲状腺炎(橋本病)の場合には内科専門医を紹介いたします。潜在性甲状腺機能低下症の場合には当院で甲状腺ホルモン補充療法を行なう場合もあります。
子宮形態異常
特に中隔子宮の場合などには、程度にもよりますが手術療法を検討いたします(その場合は北海道大学病院などに手術の依頼を行ないます)。ただし手術適応となるかどうかには慎重な検討と判断が必要です。
染色体均衡型相互転座
充分なカウンセリング後の治療方針の検討が重要です。
テンダーラヴィングケア(Tender Loving Care: TLC)
治療に加えて、心理的・精神的なサポートを含むテンダーラヴィングケアも重要です。テンダーラヴィングケアには治療効果として確率されたものはないとされる一方で、妊娠転帰との関連を示した報告では下記の項目があります。
- 妊娠初期から専門クリニックで診察を受ける。
- 不育症診療に精通した同じ医師が診療を担当する。
- 毎週の超音波検査で妊娠経過を確認する。
- 時間をかけた丁寧な説明と対応を心がける。
流産と生活習慣
流産を経験された方の中には「動きすぎたからか」「おなかを冷やしたからか」「〇〇を食べてしまったからか」など、流産に対して自責の念を持つことが多い印象があります。しかし、実際に母体の生活習慣が原因で流産することは殆どありません(ただし喫煙は例外)。
〈カフェイン摂取について〉
カフェインについては、母体の体質により流産因子となる可能性が指摘されています。基本的に1日あたりのカフェイン摂取量は150mg以下にしておくのが無難と考えます。
〈カフェイン量の目安〉
- ドリップコーヒー(150ml) カフェイン135mg
- ウーロン茶(500ml) カフェイン100mg
- 紅茶(500ml) カフェイン50~180mg